水戸光圀と京都
著者 | 安見隆雄著 | |
定価 | 4290円(10%税込) | |
本体 | 3900円(税別) | |
判型 | B6判 | |
体裁 | 上製本・カバー装 | |
発行日 | 平成12年2月11日 | |
ISBN | 9784764602533 | |
ページ数 | 401頁 |
義公薨後三百年記念出版
徳川家康は幕府開設に当って朝廷との関係に最大の注意を払い、諸大名の朝廷に接近することを厳しく警戒した。御三家の水戸藩とはいへ、朝廷との関係をあからさまに出来る状況にはなく極秘の態度をとった。その危険を覚悟した上で、なほ朝廷の御意に奉仕した所に光圀の偉大さがあり、そこから将来朝廷と幕府が争うことがあった場合には、必ず朝廷の見方に立つべし水戸家の遺訓が生まれ、遂には徳川慶喜公の大政奉還に至るのである。
水戸家は徳川家の一族、且御三家の一つである。それにも拘はらず義公が朝廷を深く崇敬したことは『桃源遺事』に義公が「我が主君は天子也、今将軍は我が宗室なり、あしく了簡仕、とりちがへ申ましきよし、御近臣共に仰聞され候」とあるばかりでなく、多くの史料や実際の活動から明らかであり、そこに義公光圀の学問・精神があり、これによって興ったのがいはゆる水戸学である。それは藤田幽谷・東湖及び烈公齊昭によって発揚され、特に烈公の子慶喜によって大政奉還が敢行されたことは、そこに水戸学の本願が達成されたことを明らかに示すものである。
………名越時正水戸史学会会長の序より
目次
一、朝廷の復興と義公二、礼儀類典と大嘗祭の再興
三、立太子礼と水戸義公
四、義公と伯夷・太伯・陶淵明について
五、大日本史の体裁について-シナ正史と比較して-
六、大日本史と論賛
七、栗山潜鋒の『倭史後編』について
八、「正名論」再興
九、水戸弘道館の諸藩に及ぼした影響-学館記を中心として-
十、弘道館の教育課程について
十一、〔史料紹介展〕江戸時代の教育-藩校を中心として-
十二、〔余録〕高校時代の頃
後付
あとがき